寛政池紀功碑

江井島中学校の北側、大池の畔に

 

「寛政池紀功碑」があります。

 

 

 

 

明石郡の西島・森・中尾の三村はもともと3つの池を持っていました。

 

しかし、その池の水は大変少なく、少しの間雨が降らないと、

 

たちまち水は不足していました。

 

 

 

 

 

寛政12年(1800年)、明石城主松平侯に申し出、

 

三村は相談を重ね、明石郡秋田村の山のほうに、大きな池を作ることにしました。

 

 

その堤防の長さは120間(約220m)、幅は25間(約45m)。

 

三村とは2里(約8㎞)も離れていたので、

 

長い溝を掘って水を引くことにしました。

 

 

その水は3つの池に蓄えられ、三村の田にそそがれました。 

 

この池は寛政池と名づけられました。

 

 

明治26年(1894年)夏の大きな干ばつのときにも、

 

三村には干ばつが無く、

 

村民はいよいよ寛政池のありがたさを知りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

参考文献    江井島コミセン講座 明石のため池~現在・過去・未来~ 資料