弥生朔日

お朔日のご参拝ありがとうございます。

 

 

今月のはんこは「錦ヶ浦(にしきがうら)」です。

 

この地を「錦ヶ浦」といいます。

 

錦と赤土に因んで赤系のインク。

 

 

 

 

 

 

神功皇后が赤土(あかに)で染めた

 

御軍の着衣を掛けて干した松の枝と

 

神功皇后の舟を想像してはんこを作りました。

 

背景には江井ヶ島と淡路島です。

 

 

社伝によると、神功皇后は三韓遠征の時、播磨灘で暴風に遭い、海岸に神籬を

 

たて、住吉大神に平安を祈願するとたちまち波風おさまり、御軍はつつがなきを

 

得られた。その折、皇后の着衣が美しく風にたなびいたことから、この海岸を

 

「錦ヶ浦」と名付けられたという。また雨風に濡れた着衣をこの海岸で

 

乾かされたところ、錦のごとく美しかったので「錦ヶ浦」と名付けたともいう。

 

 

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播磨国風土記 逸文  明石郡(明石国造)

 

 

息長帯日女命 新羅国を平げむと欲して、下りましし時に、もろ神に祈りたまひき。その時に、国堅めたまひし大神の子、爾保津比売命、国造石坂比売命に著きて、教をのりたまはく、「好く我が前を治め奉らば、我に善験を出して、比比良木の八尋桙根の底付かぬ国、越売の眉引の国、玉匣かかやく国、苫枕宝有る白衾新羅国を丹浪もちて平げたまひ伏せたまはむ」とのりたまふ。かく教へ賜ひて、ここに赤土を出したまふ。その土を天の逆桙に塗りて、神の舟の艫舳に建て、又御舟の裳と御軍の着衣とを染めて、又海水を掻き濁して、渡りたまふときに、底潜る魚と高飛ぶ鳥等と往来はず、前を遮へず。かくして新羅を平げ伏することすでにをはりぬ。還り上りたまひて、すなわち其の神を紀伊国の管川の藤代の峰に鎮め奉りたまひき。

 

※息長帯日女命…神功皇后