菜の花の沖

『嘉兵衛が32歳のとき、官船5艘の建造を命ぜられ、翌年、就航させた。

 

就航と同時に、幕府は嘉兵衛に、蝦夷地における官船の管理、補修、運用

 

いっさいを掌握させた。

 

 

官船のことを一般に「赤船」という。

 

船側(ふなばた)や櫓、帆柱を朱塗りにぬりたててあるためである。

 

(『菜の花の沖』第5巻より)』

 

 

 

 

 

 

思い出したのは、

 

明石藩船図 。

 

 

 

 

退色しています。

 

この藩船も、朱塗りでしたのでしょうか。

 

 

 

 

薄らと

 

残っています。

 

 

 

 

 

 

弓や人物、巴紋などが

 

見られます。