藤波

 

『住吉大社神代記』より

 

 

一、明石郡魚住浜一処

  四至 (東を限る、大久保尻の限、南を限る、海棹の及ぶ際、

     西を限る、歌見江尻の際、北を限る、大路)

 

右、巻向の玉木の宮で大八洲国を治めておいでになった活目天皇から

 

橿日宮の気帯長足姫皇后の御世、この二御世に熊襲と新羅国を平定し終わって

 

還り上って来られて住吉大神を木の国の藤代嶺に鎮め祭られました。

 

その時、荒ぶる神を罪せられ、「わが住みたい所は大屋に向かうように

 

播磨の国に渡って住むことにしよう。」とお告げがありました。

 

それで大藤を切って海に浮かせ、祈って占うと、

 

「この藤の流れ着くところにわれを鎮め祭れ。」と仰せになり、この浜に

 

流れ着いたのです。そこを藤江と名付けました。(藤江の地名説話)

 

明石川に沿った上神手山(雄崗山)、下神手山(雌崗山・神戸市西区押部谷町)

 

から大見の小岸に至るまでをことごとく神地として定めました。

 

 

 

紀の国をおもひて騒ぐ藤の波